その「墓じまい」本当にいいの?

最近、「墓じまい」と言う言葉を良く耳にします。谷本石材では、それほど依頼はありませんが、他の石材店では建墓するお墓の1.5倍~2倍近くのお墓を解体撤去処分しているらしい。「そんなに!!」とびっくりしました。メディアではよく目にしますが、実際そこまでとは思っていませんでした。

なぜ「墓じまい」になるのでしょうか?

それぞれ様々な状況があるので、理由も様々ではあると思いますが、いまいち私には理解できない事が沢山あります。
・子供たちに迷惑(負担)をかける。
・管理が出来ない。
・お金が掛かる。
などなど、たしかに何もしないよりかはお金はかかるし、子孫に対しても負担もかかります。それは事実です。

しかし、私達人間は数万年も昔から、亡き人を弔ってきたこともまた事実なのです。
なぜ、人間は今日までお墓を祀ってきたのでしょうか?

私が思うには、感謝の心の表したものが「お墓」だと思っています。

私の祖父は戦争に行き、船に乗っていたところを魚雷で撃たれ沈没し、海に放り出られ、浮いている物にしがみついて過ごしたと聞きました。力尽きたものは海に沈み、サメの餌食にもなったと、幼いころ聞きました。戦争の前線では食べ物もろくになく、大変な思いをして飢えを凌いだと聞きました。私には味わったことのない恐怖と、過酷な毎日です。

そのころの時代と比べてみると、今の時代は天国です。雨・風をしのげ、電気が点り、3度の食事がある。そして、世の中には娯楽があふれています。

2世代前の日本の厳しさと今は違います。しかし、2世代前は先祖祭祀を時間・手間等でやめた人がいたでしょうか?

家を繫げる事、残す事、それが当たり前。そして先祖祭祀も当たり前。祖父・祖母・父・母一人でも欠けると今の私達は存在しません。それを少しでも感じてほしい。

だからといって、高価なお墓は必要ありません。今の自分が出来る限りで十分だと思います。お守り・お祀りする「心」が大切です。

今の不幸を感じるより、今の幸せを感じ、自分たちの一番身近な神・仏であるご先祖様に感謝する。それがお墓です。お墓はただのお骨の収納場所ではありません。

お墓とはご先祖様と、近況や悩み、不安な事や嬉しかった事など様々な事を語らう場です。そして、子孫の道徳教育の場です。

小さいころからお墓参りやお墓の掃除を一緒にしていると、子ども達は自然とお墓を守る、祀るという事を認識します。そうすれば、お墓があって当たり前になります。自分たちのご先祖様を身近に感じ、自分は1人ではないと感じれます。困ったときや嬉しい事があった時に、お墓へ足を運ぶようになります。うちの子どもたちも、定期的にお墓参りやお墓掃除を一緒にしています。今はまだ幼いので喜んで一緒に行きます。幼い事から一緒に行くという事が大事だと思います。

自分たちの生活の中に自然とお墓がある様になります。

形のあるものを片付けてなくすという事は簡単に出来てしまいます。しかし、そのお墓を作られた時の想いや願いを今一度考えて頂きたい。そして未来(子孫)に期待を持って頂きたい。未来への宿題も渡して頂きたいと思います。そして活力のある家づくりをして頂きたいと思います。

お墓に携わっている石屋として想い、願います。

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